【短編】貴方になりたかった

ラックルと犬太郎の場合。

***

のんびりとした午後の、所謂おやつの時間という頃に、犬太郎は久々に訪ねてきた。
犬太郎は菓子を手土産に、俺と話があるとか言って深刻そうな顔をしていた。
仕方無いから嫁と子供達には犬太郎お手製の菓子を与えて居間に置いておき、俺は犬太郎を書斎に連れていった。
俺も嫁も本が好きだからということで作った書斎は防音加工がしてある。
だから、大事な話をする時はいつもここでしている。
ここなら、誰にも邪魔されないで済むからだ。
俺はそこら辺の椅子に座れと犬太郎に促し、自分は愛用の椅子に腰を下ろした。

「突然だけど、ラックル」

椅子に座って、まる十秒かけてから、犬太郎はぼそりと呟いた。
足の上で手を組んで俯き、言っていいのか悪いのかといった顔で言うのを躊躇っているようだ。
いいから話せ、と促すと、犬太郎は大きく息を吐いて、口を開く。

「ぼく、キミのこと大嫌いだったんだ」
「どうした犬太郎、喧嘩売りたいならはっきりすっきりきっぱり言いやがれこの野郎表に出ろ」

深刻だから一体何かと思ったら喧嘩売りに来たのかよ!
上等だ、受けてやる。
ええと武器は俺の部屋だっけ、ちょっと待ってろ今取りにいくから。

「待って待って、喧嘩じゃないから、ちゃんと最後まで聞けって」

ほほう、どんな弁解を言うつもりだね?聞いてやるぞ。

「出会ったばっかの頃ってさ、ぼくってすごいつんつんしてたじゃん」
「あー、してたしてた。いっつも会うたび殴りかかって来てさ、初めはかなり吃驚したな。殺されるかと思った」
「その時に遠慮なく鳩尾に蹴り入れた奴の台詞とは思えないね」

はっはっは。
あの頃は俺も若かったんだよ。
ま、ヤンキー全開だったぼくが言うことじゃないけどさ、と奴は笑った。

「でね。最近その頃のこと、ちょっと考えてさ」
「うん」
「何であんなにラックルを殴りたくてしょうがなかったのかなって、思ってさ」
「…確か、似ているから、じゃなかったっけ」

確かそうだったはずだ。
あの頃はまだ俺も背が低かったからなのか、俺と犬太郎は酷く似ていた。
潤雨に言わせれば、似ていないらしいけど。
顔だとか色だとか、そういう問題じゃないのだ。
もっと本質的な何か。
昔会ったアカヒトとかいう奴に言わせれば、「元々同じ存在」らしい。
こいつと同一だったというのが気に食わないが、そう言われれば合点がいく。
ただ、何故か近頃は「似ている」と感じなくなった。
明らかに俺と犬太郎の外形が変わったからか、それとも、どちらかの中身が変わったのか、どちらも変わったのか。

「うん。やっぱ、似ているって事が一番の理由だったと思う」
「だったらその話は前もしたじゃないか、今更掘り返さなくてもいいだろう」
「いや、これはただの前提だよ、ラックル」

犬太郎は眼光を鋭くして言う。

「ぼくは言ったよね。こんなにそっくりなのに、どうしてお前は幸せそうにしてるんだって。ぼく自分が世界一不幸だと思い込んでたからさあ」
「んなわけねーだろ、俺だって不幸な事くらいあるわい!って怒ったんだっけか」
「そうそう」

だいたいそんな感じで喧嘩は始まっていた。
まあ、いつも犬太郎からの一方的な攻撃で始まって、俺がトドメ入れて終わるんだけど。
そういや、いつから喧嘩しなくなったんだっけか。
気が付いたら、犬太郎も俺も大人になってて喧嘩なんて子供っぽいことはしなくなった。

「それだよ、それ」
「何が」
「大人だとか、子供だとか、それが問題だったんだよ」

意味がわからん。

「ぼくだってさ、幸せだとか不幸だとか、そんな曖昧な理由で喧嘩ふっかけたりしないよ。第一、ラックルがそんなに幸せな人間じゃないことも知っていた」

まあ。
あの頃は、記憶も漸く戻って鬱々していた頃だし。
それが治ったかと思ったしばらく後に、親友が戦争で死んだ。
結構悩みまくった頃、だったかもしれない。
それが終わって、俺はばっさりと髪を切った。
少しは大人の男らしく見えるかなと思って。
そしたら、一人でも平気でいられるかなって。

「その間もぼくは結構喧嘩ふっかけてたね。酷い挑発もした」
「そうだな」
「なのにラックルったら、全然相手してくれないんだ」

自嘲するように、犬太郎は言った。

「挑発にもひっかからないでさ。うざったそうにしててさ。しょうがないから喧嘩受けてやる、って感じだった。すっげえムカついた」
「あー…、そりゃ悪かった。お前に構ってる余裕なかったからな」
「だから、それだよ、その態度」
「あん?」
「子供のやることなんか一々気にしてらんない、みたいな大人ぶった態度。大嫌い」

にやりと犬太郎は笑った。
とても凶悪な笑顔だった。
あの頃みたいな笑顔だ。

「ぼくは大人ってやつが大嫌いだった。子供の言うことなんか歯牙にもかけないで無視してさ。何でも他人のせいにしてさ。そういう大人が殺したいくらい嫌いだった。そういう大人に傷つけられてきたからね」
「…」
「だからラックルにそうされて、嫌だった。だから喧嘩したかった。子供の土俵に立たせたかった。大人ぶっといて子供みたいな事してんじゃねーよざまあみろって言ってやりたかった」
「…なんかよ」
「何」
「お前ってマジでガキだな」
「言うな。あの頃は黒歴史なんだ。今思い出しても頭打ち付けて死にたくなるくらい馬鹿だった」
「そうか」
「…まあ、そう思えるってことは、ぼくも多少大人になったってことなんだと思うけど」

居心地悪そうに頭を掻いて、犬太郎は言う。

「結局喧嘩しても絶対ラックルの勝ちだったけどね。ムカつくったらありゃしない」
「逆ギレかよ」
「まあね。…あ、いや、でも」

かりかり。
頬を軽く掻きながら、犬太郎は言うべきか言うまいか悩んでいるようだった。
しばらく言葉に詰まってから、よし、と意を決したように両膝に手をついた。
ぱちんといい音がした。

「本当言うとね」
「うん」
「ラックルが羨ましかったんだと、思う」
「…うん?」
「ぼくにそっくりなのに、ぼくと同一だったのに、ぼくより大人なラックルが、本当は羨ましかった」

ぽつりぽつりと、犬太郎は本音を晒していく。
段々その目線が下がって俯き、両膝を掴む手がぎゅっと握られていたけれど。
それでも、犬太郎は、長年黙っていた本音を口にした。
ならば。
俺は黙って聞くだけだ。

「ぼくは、大人になりたかった。どうしようもないくらい子供だったけど、ううん、子供だったからこそ、大人になりたかった」
「悔しかったんだ。子供だからって相手にされなくて、傷つけられて、捨てられて。だったら大人になれば何か変わるんじゃないかって思った。でも、素直じゃないからできなかった。悔しいから大人に反抗してた。とにかく牙を向きたかった」
「でも、ラックルに会った。ラックルはぼくみたいにちびだったくせに大人みたいだった。何でぼくが大人になれないのにラックルは大人なんだって、悔しかった。同時に、大人になった自分の理想を見ているみたいで、嫌だった。殴りたかった。殺したかった」

「でもさ」

「ラックル、優しいんだよね。しょうがないから喧嘩してやる、みたいな態度とってるのはムカつくけどさ。なんだかんだ言って構ってくれたし、説教もするし、無駄話だってするし、ぼくの話も聞いてくれた。認めたくないけど、いい奴だった。本当は、大好きだった。兄貴ができたみたいで、嬉しかった」
「ラックルと一緒にいるうちに、ぼくも落ち着いてきた。友達だってできたし。普通の生活ができるようになったし。色々、将来とか考えてみたりもした。そうやってくうちに、気が付いたら大人になってた。だから、多分、ぼくが大人になれたのは、ラックルのお陰なんだと思う」

だからさ、と犬太郎は俯いたまま言った。


「今まで、ありがとう。あと、色々迷惑かけて、ごめん」


と。
俯く頭を更に下げて、犬太郎は謝った。
犬太郎が意外に頑固なのを知っている俺は、その行動に驚きこそはしたが、素直に感謝と謝罪を受け入れた。

「お前がそう思っていたのはちょっと驚いたけど…有り難く受け取っておくよ」
「…うん」
「…顔、上げろよ」

そんな風にいつまでも頭下げられてるとちょっと困る。

「やだ」
「やだってお前、子供じゃあるまいし」
「今顔上げたら、恥ずかしくて死ねる」

…。
俺はそっと立ち上がり、音を立てないように犬太郎に近寄り、下から犬太郎の顔を覗き込んだ。
真っ赤だった。
照れているらしかった。

「馬鹿!何見てんだよ!」

いて。殴られた。
真っ赤な顔で怒る犬太郎は更に追い討ちをかけるようにぼかぼか叩いてくる。
いてぇ、一発一発が本気だ。マジギレかよ。
そのうちタコ殴りも終わってすっきりしたらしい犬太郎は、ぐっと伸びをして笑った。
やっといつもの調子に戻ったか。
その代償として俺がぼっこぼこなわけだが。

「やっと昔にケリつけられたからね、すっきりしたよ。ありがと、ラックル」
「どーいたしましてー」
「これで心置きなく立派なお父さんになれるよ」
「おーそうかそうかよかったなー…ってお父さん!?」

おいおいおい!
なんだそれは、初耳だぞ!

「あ、言ってなかったね。ぼく子供ができるんだよ」

えへへ、とこの上無く幸せそうな笑顔で犬太郎は言った。

「そういう事は早く言えよ!大事な事だろうが!!」
「だから昔の事にケリつけてから言いたかったんだってばー、お父さん昔ヤンキーだったんだぜ、だなんて子供に言えないじゃん!ぼくはちゃんとした大人になってから子供と向き合いたいの!」

結構変な所で真面目だった。
ていうかお前、結構それ気にしてたんだな。

「さて、と。報告も終わったし、ぼくも帰るよ」
「なんだ、もう少し残ってけよ。積もる話もあるだろうに」
「そうしたいのはやまやまだけどね。潤雨やシリウスにも報告しなきゃいけないし」
「なんだ、まだ知らせてないのか」
「ラックルに一番最初に教えたかったからね。兄貴みたいなもんだし」

悪戯っぽくにひひと笑う犬太郎。
そうか、兄貴なのか、俺の立ち位置って。
確かにお前は弟みたいなもんだったからな。しかも一番手のかかる弟だった。

「それじゃ、ラックル。またね」
「おう。…なあ、犬太郎」
「何?」

犬太郎は扉に手をかけた格好のまま振り返った。
幸せ爛漫お花満開の笑顔に向かって俺は言う。

「今度は嫁さんも連れてこいよ。歓迎するから」
「ん、わかった」

更にお花が十倍増えたような笑顔で、犬太郎はうきうきしながら部屋を出ていった。
全く、暢気なもんだ。
まあ、それくらい幸せなんだろうな。
それくらい、あいつは変わった。
漸く、心から笑えるようになった。
それに一役買えたなら、俺の苦労も充分報われたってことかな。
そうだ、ちょっと早いけど出産祝いとか考えなきゃ。
サイレスと相談して決めようかな。うん、それがいい。絶対あいつも、犬太郎の幸せを祝福してくれるだろうから。

そんな事を考えながら、家族の待つ居間に向かう俺が、いた。



***

最近けんちゃん関連しか書いてない気がする。
けんちゃんの話が一番複雑なんだよね。
一番ネタが多いからかもしれない。
大人けんちゃんとラックルの話でした。
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# by samoyed0 | 2009-08-03 17:25

【軍モノ】概要

軍隊ものの説明です。

○世界背景
とある世界のとある大陸の中央に位置する帝国が舞台になります。
元来の軍事国家で、ただひたすら戦争を繰り返しては対外膨張を続けていきます。
登場主要人物は皆この軍に属します。
他の国は
・東の大王国(アジア系)
・北の山岳民族自治地域(モンゴル~ロシア系)
・西の連合国家(ヨーロッパ系)
・南の海上都市国家(東南アジア~インド~中東系)
になります。
各国の軍隊は、東は呪術、北は騎獣(馬やペガスス、竜等)、西は化学兵器、南は艦隊が強いと考えてください。
自国が一番強大で、次に強いのが東です。あとはどっこいどっこい。
なお、国に固有名はありません。
国を語る時は「この国」「北」「東の大国」などで表記します。


○軍隊
陸海空軍に分かれますが、規模は海<空<<陸くらいの差があります。
陸軍が一番規模も種類も多いです。

部隊分けすると、
・普通歩兵部隊
・魔法部隊
・地上騎獣部隊
・後衛・支援部隊
・隠密部隊
くらいです。
(歩兵には結構色んな種類が入る。楽隊もここ)
(騎馬を持ち、魔法を使える者などは騎獣部隊か魔法部隊のどちらかを自由に選べる)

陸海空の他に、軍本部直属軍隊という、帝都を守護する軍もあります。
どの軍よりも強いと言われる最強の軍隊です。構成は不明。いつもは表に出ません。
頭脳派の司令官、作戦指揮官は皆必ずこの軍に所属しています。
自分の部隊を持つ指揮官や各基地に派遣される指揮官は皆ここから来ます。

国内には幾つも軍基地があります。
大まかに、本部と東西南北に指令部があり、各々の担当する地域の基地に指令を出していきます。
通常の部隊はこういった基地に所属していますが、権限のある司令官が持つ私兵部隊は状況によりあちこちに派遣されたりします。

最後に、陸軍の最高権力者はゼクセンです。
他は未定。


○国
四季のある緩やかな気候で土地は豊か。
資源が南に次いで豊富なので、軍の維持に問題はありません。
細かい問題はあるかもしれませんが、基本的に国民に対しての待遇は悪くはありません。
帝位は世襲性。
皇帝とかあんまり気にしない方向でお願いします。


○人種
人間>亜人>非人類の順に地位が高く、また数も多いです。
が、地位と言っても今の皇帝が移民や異種族に寛容な為、あまり種族差はない様子。
前皇帝(リュリなどが子供の頃)はまだ種族間差別はありました。
非人類には精霊や聖獣、魔物が入りますが、力があって人間と同等かそれ以上の智力があれば従軍できます。


○移民
強い国なので、よく四方から移民がやってきます。
コネがあればそのまま国民になれるかもしれませんが、基本的に「在留外国人」というくくりで、国民よりも多少高い税(二分の三くらい)が課されます。
普通国民になるには、軍役で一定の地位(佐官くらい?)に就くか、ある程度の税(最低一生払う程度)を納めなければいけません。
なので、在留外国人のほとんどは軍人です。

○対外政策
基本的に侵略。
ただし、相手が和平交渉に出た場合、同盟国か傘下国として相手の自治を認める(ちなみにだいたいが西側諸国。それ以外はあまり交渉してこない)
支配しても在留外国人と同じくらいの税を納めるだけで、非支配国には比較的寛容です(状況による)
最終目標は大陸全土の支配です。


○その他

・反乱→帝国の支配は緩い上にそれなりに良い待遇を得られるので反乱はほとんどないです。それでも起こるのは野心を起こした軍部クーデタや自尊心の強い非支配国の独立くらい。軍部クーデタは本部直属軍が動きます。独立には再侵略。

・言葉→基本は大陸共通語があります。それ以外に各地域、種族間で話す言語も多々あります。更に、教養としてのハウリア語(古代語)もあります。あとは地方による訛りなど。

・ハウリア語→呪文や名前に使われます(例・アルディロード→赤い人、クレオ→紅の獅子(カン・リーオゥ)等)

・人物→レギュラーキャラはなるべく既存のキャラを。あまり出てこないサブキャラ(上司とか)や敵キャラは適当にどうぞ。

・基本移動手段→馬(それ以外の獣も)、馬車、魔方陣のワープなど。

・兵器→大砲や小銃を作れるくらいまで。WWくらい?西の技術力が最高。飛行機や毒ガスなどの大量殺戮可能な兵器はない。あと潜水艦や地雷もない。ただし装甲戦車は認める。対戦車ライフルや対戦車ミサイル使いたいから。

・魔法→某邪神以外なら基本的に何でもありです。でもあまり強すぎると面白くないのでそこは各自が自重するようにしましょう。

・精霊→必ず名前の前に【○○(物名)の】が入る(例・【焚火の】フィッジ、【風車の】フク、など)



こんな辺りでしょうか。
他に何かあったら追加します。
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# by samoyed0 | 2009-06-04 18:41

【終日春夏の完全犯罪】壱

ちゃお。
おや?挨拶には挨拶で返すものだよ。
まあぼくらは知り合いでも友人でもましてや恋人でもなんでもないからね。
たしかに戸惑うだろうね。
ぼくが誰かって?
そんなの答えたって意味なんかないよ。
もっと大事な問題があるんだからね。
ほらよく考えて。
そう。
どうしてぼくがキミに目隠しをしているかということだよ。
別に「だーれだっ」とかやるつもりはないよ。
知らない人間にそんなことされても答えようがないしね。
更に言えばぼくはそんなちゃちな悪戯をするほど子供じゃない。
だからもっと別の大事な意味があってやっているのさ。
今日はキミに大事な話をしにきたんだ。

ねえハルカ。
残念なことにね。

キミは近いうち【普通】でなくなるんだよ。

まずは祝ってあげようか。
ご愁傷様。



***



何故初めて会ったわけのわからん奴にご愁傷様と言われなければならんのだ、と終日春夏は憤慨した。
憤慨して、事の異常さに気付く。
全身の感覚がない。
ただ目隠しされている感覚だけがあって、身体がぷかぷか浮いている気分だった。
ああこれは夢だ。
夢だから、こんな【普通】でない、わけのわからんやつが出てくるのだ。
春夏はそう理解した。
理解したなら話は簡単で、嫌な夢なら目覚めれば良いのだ。
夢とわかる夢なら起きるのは簡単だ。
頭の中ではなく、現実の身体を目覚めさせればいい。
目を開ければいい。
幸い、春夏は夢から覚める方法を知っていた。
だから彼は一も二もなく目覚め、夢の住人から逃げ出した。

…。
馬鹿か俺は。
逃げ出せる訳がないというのに。
春夏は目覚めて、溜息と共に顔を両手で覆った。
そもそも夢じゃなかった。
あれは確かに現実にあって、あれから俺は【普通】でなくなったのだ。
その時の夢から逃げたって、現実にあった事に変わりない。

両手で顔の筋肉を揉みほぐし、サングラスを探す。
探し物は枕の傍にあった。
ちゃちなプラスチックの、玩具みたいな格好悪いサングラスだ。
これが無くては俺は生きていけない。
こんな玩具に救われるなんて、随分俺は安い男になったもんだ、と春夏は再び溜息をついて、ふと気付いた。

そういえばここはどこだ?
見渡せば周りは七畳間以上はありそうな部屋で、所狭しと機械が並んでいる。
部屋の隅には機器に追いやられたかのような、しかし大きめのベッドがある。
春夏はそのベッドにいた。

おかしい。
【普通】でなくなった俺はそれ以来ちゃんとした場所で眠った事がない。
新聞紙や段ボールのお世話になった事も少なくない。
夢オチだったりして、などと考えたが、機械に疎い自分がこんな部屋に住んでいる訳がないと思い直した。
だとしたらここはどこだろう。

「いて…」

ベッドから降りようと身体を捻ると、腹に激痛が走る。
見れば服は下着以外着ておらず、腹や足には包帯やガーゼで治療が施されていた。
俺、何でこんな怪我してんだろう。

「ん…」

もぞ、と隣で何かが動く。
目覚めてから全てが訳のわからないままで、春夏は思わず身構えてしまった。
見えたのはまず白い毛の塊。
それが、あちこちに跳ねた白髪だと気付くにはしばらく時間がかかった。
それ…いや、そいつは半開きの寝惚け眼を擦り、掛布団からもぞもぞと這い出てきた。
そして春夏と目が合う。

一言で言うなら美男子だった。
更に言うなら白髪赤目のアルビノだった。
もっと言うなら、何故か彼は春夏の首に抱きついてきた。
最後に言うなら、唇にキスをされた。
そこで春夏の思考回路は停止した。
ようは様々な事態についていけなくなり頭がパンクしたのである。

「あれ」

アルビノ男は呟いた。
唇を離し、春夏の顔をまじまじと見つめ、がっくりと項垂れた。

「なんだ、ただの夢か」

しかし彼はすぐに気を取り直し、硬直した春夏の脇を擦り抜けていった。
ぺたぺたと裸の足が床を踏む音と共に部屋を離れる。
その間、春夏は変わらず硬直していた。
男はそんな春夏を無視したまま、ジャージにTシャツの出で立ちからパーカーにGパンへと着替える。
手早く食事を済まし、片付け、歯を磨く。
そして相変わらず眠そうな顔で、猫背気味の姿勢で再び部屋に戻った。
春夏は変わらず硬直していた。

「で、いつまでそうしてンの」

男は普通に声をかけた。
それがあまりにも自然な口振りだったため、春夏は自分にかけられた言葉だとは気付かず、硬直したままだった。
男は呆れたように鼻を鳴らし、春夏の両頬を両手で包み、眠そうな顔で言った。

「もいっぺんちゅーしたろか」
「へぁ」

情けない叫び声と共に春夏は飛び退いて、飛び退いた先にベッドはなく、頭から床へ落下した。
フローリングの床は硬く、春夏は後頭部と腹の傷を押さえて床に転がる。

「へぁ、ってウルトラマンかよ」

つまらなさそうに男はベッドから春夏を見下ろす。
見下ろすと言うよりは見下すと言った方がいいような視線だった。
それに気付いた春夏はがばりと起き上がり、吠える。

「てめ、殺す気かっ!」
「確かに俺のキステクは凄いが、死ぬほどじゃねェから安心しな」
「ちゃうわ!わいが言いたいんは吃驚させんなっちゅーこった!」

傷に響くだろうが、と春夏は叫び、また腹を押さえて唸る。
しかし男は傷を労る様子もなく、ただ一言、残念そうに言うだけだった。

「イマドキ関西弁キャラは流行ンないと思うぜ?」
「じゃあかしっ」
「はいはい、そんだけ元気ならもう大丈夫だろ」

ひらひらと軽く手であしらい、男は悠々とベッドから降り、PCの電源を入れた。
それも三つ。
男の指が三つのキーボードを叩き、三つのモニターが文字列や映像を吐き出す。
その部屋にはキーを叩く音と呻き声だけが響いていた。
かたかたというBGMを暫く聞いていた春夏は痛みが退くと、男に声をかけた。

「何しとるん?」
「情報収集とプログラミングと趣味しとるん」

茶化してから男は手を止めて、机にちんまりと置いてある金箱の蓋を開けた。
中に転がっている棒付き飴を一つつまみ、ビニールを剥がして舌で転がす。
一瞬だけ、にへっと幸せそうな顔をしたが、直ぐに全てを諦めたような寝惚け顔に戻った。
飴で喜ぶなんて以外に安い男だと春夏は呆れた。

「何その顔」
「別に」

ふうん、と男は納得していないように呟き、再び画面に目を向ける。
再び一人になった春夏は手持ち無沙汰になり、周囲を再び見回した。
機械だらけ、である。
というより、機械しかないといった方がいい。
それらを整理するために棚や段ボールなどが置いてあるが、それ以上に機械類が馬鹿みたいに多いのだ。
しかし一口に機械といっても様々だ。
特に多いのはPCとその周辺機器。
他には音楽周辺機器、ゲーム機器、事務用機器、家電などが散乱している。
中には分解されて変に改造された機械も少なくなかった。
分解や改造に使うのか、ちらほらと工具類も見かける。
春夏はコードや部品を踏まないように、機械で狭くなった部屋を歩き回った。
物理が苦手で機械工学には詳しくなかったが、子供心を擽られて、一昔前に流行ったペットロボットを手に取る。

「腹減ってるか?」

急に男に問われ、春夏はきょとんとした。
そういえば空いているかもしれない。
なんとなく軽い胃袋に、春夏はとりあえず頷いた。

「そこを出て左の部屋にアンタの分のメシ作っといたから、食ってこい」
「わいの?」
「別にアンタの為じゃないからな、犬太郎に頼まれたついでなんだからな」
「ふーん」
「…今のはデレてないぞ」
「は?」
「何でもない、食うなら早く行ってこい」

しっしっと手で払われ、春夏は渋々ペットロボを床に置き、部屋を出た。
数歩歩き、あ、と何かに気付いて、同じ歩数だけ後ろ向きに戻る。

「所で、犬太郎って誰やの?」

ひょい、と顔だけ出して聞いたが返事は帰って来なかった。
男は高価そうな、真っ黒の大きいヘッドフォンを着けていたからだ。
完全に画面に集中しているようで、こちらからのアプローチにはちょっとやそっとじゃ気付かないだろう。
まあ、後で聞けばいいかと春夏は思い直し、リビングへ向かう。

部屋はどこも窓が黒いカーテンに覆われ、更に窓は黒い紙と黒いテープで全く光が射さないようになっていた。
太陽光が射さない代わりに、部屋も廊下も蛍光灯が煌々と光を供給している。
リビングは男の寝室(ベッドがあるから、多分そうなんだろう)とは違って、こざっぱりしていた。
フローリングの上に敷かれた灰色の絨毯の上、緑色のソファと大きめの液晶TVの間にあるガラス張りの低いテーブル。
そこに、白い食器に乗った朝食が置かれていた。
見本品みたいに綺麗に焼かれ、バターとメイプルシロップのかかったホットケーキが三枚、更にケチャップを添えたスクランブルエッグ、おまけにブロッコリーとニンジンとキャベツの温野菜、最後に牛乳が一杯。
完璧な朝食だった。
それがソファ側に、ご丁寧に趣味のいいランチョンマットの上に並んでいた。

「…?」

テレビ側に、同じくランチョンマットに置かれたホットケーキの皿があった。
しかしホットケーキのみである。
春夏はしばらく考えて、くう、と鳴った腹の虫に応えて、ソファ側を選んだ。
高低差を考えてソファとテーブルの間の床に座り、ホットケーキを頬張った。
美味しかった。
作った人間を今すぐ嫁に迎えたいくらい美味しかった。
と、そこまで考えて、春夏は落ち込んだ。
これは間違いなくあの男が作ったものであって、嫁に迎えたいということはつまり。
…考えるのをやめた。
なんだかホットケーキがしょっぱくなったような気がした。

しかし朝食は間違いなく美味しかった。
レストランのモーニングメニューよりも美味いに違いない。
普段なら絶対にしない皿洗いまでしてしまった春夏はそう感想を述べる。
濡れた手を手近なタオルで拭き、ぐるりと再び周囲を見回した。
この家には階段がない。
だから恐らく、どこかのマンションの一室なのだろうと想像する。
しかもこの広さを考えると、なかなかの高級マンションのようだ。
春夏は時間を確かめる為に時計を探したが、時計はどこにもなかった。
腕時計は着けてはいるが、随分前に仕事先で壊れてしまった。
時間を確認するためにTVの電源をつけるが、コンセントが刺さっていないのか画面は暗いままだった。
春夏はどうしたものかと考え、最終的に窓から外を見れば何となく時間帯はわかるのでは、と結論を出して窓に向かう。
窓は黒張りで全く外の様子はわからなかったが、一応開けることは出来そうだ。
鉤状のロックを下げ、カラカラと窓を開ける。

「わ、たっけぇ」

外は見事な夕焼け空で、眼下の小さな街を朱色に染めていた。
ベランダに出て、柵に上半身を乗り出して真下を見ると、目が眩みそうな程高い。
どうやらここはマンションではなく、超高層ビルの一室のようだった。

「何してんのさ!」

若い男の声。
驚いて振り返れば、どこかで見たような、青い髪が見えた。
なんだか、まるで、うちのボスみたいだ。
そう思った春夏の脳裏に、暗い光景がフラッシュバックした。
青い髪、小柄な体、不釣り合いな大きな腕。
そして腹の痛み。

思い出した。
ここに来る前、何があったか。
俺は、こいつに、襲われて。

駆け寄ってくる「彼」に、思わず前に重心を傾けた。
柵から身を乗り出した俺は、そのままひっくり返る。
慌てて柵を掴んでも、手は柵からするりと抜けて、そして。



春夏は真っ赤な景色の海に、底の暗い街の中に沈んでいった。





***

実は今回、終始パンツ一丁の春夏。
もちろん落ちるときもパンツ一丁。
ちなみに彼のパンツはスマイル君柄のトランクスです。
激しくどうでもいいな。

2009/05/13
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# by samoyed0 | 2009-05-13 14:46

【終日春夏の完全犯罪】零

完全シリーズ三部作。
とは言っても予定は未定だが。
まずはうちの新キャラより。

***

だかだかだかだか。
ばん。
だかだかだかだか。
ごん。
だかだかだかだか。
がん。

痛い。
一生懸命走ってぶつかって転んでひっくり返って。
それでも必死に逃げるのは死にたくないからだ。
捕まったら死ぬ。
あの歪な腕に絡め捕られて押し潰され引き裂かれる。
嫌だ嫌だ嫌だ。
俺はまだ死にたくない。
だから走る。
どんなに無様な格好になったって俺は生きるために走る。

べちゃん。

またスッ転んで蛙が潰れたみたいな音がした。
その勢いでサングラスが吹っ飛び、俺は慌てて辺りを探った。
けれどサングラスは見付からず、ただただ焦りが募るばかり。
あれがなかったら、俺は引き裂かれるよりも耐え難い苦痛で死んでしまうに違いないだろうから。
早く、早く見つけて探さないと。
俺は、奴に。

「やあ、キミが探しているのはこいつかな?」

カラン、と音がして、手に探し求めていた物が滑ってきた。
けれど俺は動けなかった。
俺は見てしまった。
サングラスをかけずに、裸眼で、目の前にいる男を見てしまった。
青い髪。右が血のように紅い目。小柄な肉体に歪な獣の右腕。
異常だ。
見るからに異常な体だ。
どちらかといえば可愛い顔つきの少年の制服から、身の丈はありそうな毛むくじゃらの腕が生えている。
腕は熊のように巨大で、肘からは太い骨がつき出していて、真っ黒な鋭い爪が五つついていた。
そこからぽたりぽたりと血が雫になって落ちていた。
人を殺した証だ。

「ああこれね。しょうがないじゃない、正当防衛だったんだよ。向こうがぼくを殺そうとしたんだからさぁ…ほら見てよこの傷痕」

へらへら笑う男は巨大な腕を俺の目の前に引き摺り出した。
見ればそこには数本の切り傷があり、だくだくと血が流れている。
それは深く抉れており、傷痕の奥に白い骨が見え隠れしていた。
しかし、すぐにその穴は内側から盛り上がる。
気が付けば、そこは既に塞がっていた。
どこに傷口があったのか、血痕がなければわからないくらい、綺麗に塞がっていた。

「すぐに塞がっちゃうんだけどねぇ…一応、痛いんだよ、これ。ま、ビビっちゃってるだろうからキミにはわかんないか」

寂しそうに口元を歪める異形の男。
けれど、すぐにまた元のようにへらへら笑い出す。

俺は、そいつから目が離せなかった。
いや、最初からずっと離していなかった。
そいつの髪の色も、真っ赤な目も、もっと言えばその右腕も。
全て、今の俺には、見えていなかった。
それよりも衝撃的だったのはそんな外側の問題ではなくて。
むしろ、中身の問題。

「あんた…」
「ん?」
「どうして…どうして、あんたは、そんな…」

震えは止まっていた。
恐れも消えていた。
ただそこにあるのは、疑念。
何故だ。
何故、そんな異形でいながら。

「どうして、あんたは【普通】なんだ…!」

男は面食らったように目を丸くして、口をぽかんと開けていた。
彼は呆然として、それから、嬉しそうに笑って、


「だってぼく、ただの男の子だもん」


腹に衝撃。
体が吹き飛ぶ。
壁に衝突。
横転。
床にキス。
胃の熱さ。
嘔吐。
歪む視界。
ブラックアウト。





これが、終日春夏の、普通でくだらない物語の幕開けだった。



***

ラノベみたいに動きのある文章書いてみたいです。
普段ぼくはつらつら言葉ばっかり書いている気がする。

2009/04/27
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# by samoyed0 | 2009-05-13 14:39

【短編】交響曲第九番

中学生犬太郎と歌代さん。
ナチュラルにいちゃいちゃ。
微妙に悲恋気味。

***

「歌代さん」

思えば、俺も結構丸くなったもんだ。
こんな風にべたべた甘えるなんて、少し前じゃ思いもしなかった。
いや。
多分、前からしたかったんだろうな。
ただ、気恥ずかしかっただけで。
点字の本をなぞる歌代さんの膝の上に寝転がって、名前を呼ぶ。
本を除けると、柔和で少し幼い顔立ちの男が微笑んでいた。

「何だい?犬太郎君」

柔らかい声に思わず顔が緩む。
ああ。
俺はこの人のこと、本当に大好きなんだなあ。
そう、再確認した。
恋愛感情ではない。
犬が主人に対して払う、敬愛の感情。
俺は貴方の盲導犬ですから。
恋愛感情ではない。
再確認。

「目、開けてくださいよ」
「…いいのかい?」
「いいっすよ」

おずおずと閉じた両目を開ける歌代さん。
光の射さないその青っぽい灰色の瞳。
少し濁ったその色を人は苦手と言うけれど、俺は好きだ。

「綺麗な色してんのにね」
「そうかな、私は、そうは思わないけれど」
「綺麗だよ、凄く」

そう言うと、歌代さんは少し顔を赤くして、頭を撫でてくれた。
犬の背を撫でるみたいに。

…盲導犬の太郎助は、つい先日、事故で亡くなってしまった。
歌代さんを護る為に、身を呈して死んでしまった。
愛犬を亡くした歌代さんはそれはもう酷く落ち込んでいた。
残された唯一の家族を亡くしたんだから。
だから、俺は歌代さんに言った。
俺が貴方の盲導犬になりますから、と。
歌代さんは最初こそ戸惑っていたけれど、そのうち慣れてしまったようだ。
こうして膝でごろごろと甘えるのも、太郎助の癖。
俺がしているのはただの模倣だ。
歌代さんの寂しさを紛らす為の、模倣だ。

『犬太郎、あんたそれでいいの?』

同期生の女の子の声がする。
いいよ、俺は、それで十分幸せだ。
これ以上求めたら、俺はもう立ち直れない。

『あんたはもっと幸せになるべきなんだよ、犬太郎』

そう言うなよ。
俺はもう、好きな人を死なせたくないんだ。

「どうかしたのかい」

指が顎骨をなぞる。
こそばゆい。
ふるふると首を横に振ると、指はするりと抜けていった。
上を見れば視点の定まらない優しい目が微笑んでいる。
だいたい、こうされるだけでも十分幸せなのに、これ以上求めてどうするんだよ。
なあ、結希。
俺は、歌代さんを敬愛している。
歌代さんがこうして一緒にいてくれる。
それだけで十分。
満足なんだよ。
そうでなきゃいけないんだよ。

「歌代さん」

でも。
少しくらい、わがまま言っていいかな。

「歌ってくれませんか?」

せめてこれだけは。

「いいよ、何がいい?」
「第九」
「゛An die Freude゛?」
「Ja」

言わせてください。

歌代さんは、すっと目を閉じて口を開いた。
よく響くテノールの声で歌い出す。

「Freude, sch ner G tterfunken, Tochter aus Elysium...」

ベートーヴェンの交響曲第九番。

「Wir betreten fewertrunken Himmilische, dein Heiligtum...」
「歌代さん」
「はい?」
「俺ね、こうしてるだけで嬉しいんですよ」

歌代さんは面食らったような顔をして、それからはにかんだ。
照れているのか、また頬が赤くなる。
俺だって照れている。
いつもはこんなこと言わないから、顔が真っ赤だ。
でも歌代さんには、見えないはず。
鼻先を撫でてきたその指に、そっと手を重ねた。

「すごく幸せです。ありがとう」
「…こちらこそ、ありがとう」

邦題、歓喜の歌。
せめてこの喜びだけは、知っていてください。



「すきだよ」

一番言いたいその言葉だけは、言えないから。





***

この歌が結構好き。
途中出てきた女の子というのは結希ちゃんといいます。
数少ない、犬太郎の理解者の一人です。
いちゃいちゃあまあまでした。
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# by samoyed0 | 2009-05-09 18:50